「更新日記」12月後半号
2001年12月 20日(木) 30日(日)
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12月16日(日) 今日から12月も後半に入り、クリスマスまであと10日を切った。今年は冬休みの始まりも早く、21日(金)が2学期の終業式になるので、今週が2学期最後の週ということ。

今日は日曜学校のクリスマス発表会で、全員が下は黒っぽいもの、上は白っぽい衣装を着てチャペルへ。ナレーションで綴る合奏と合奏で、練習期間が短かったため不安だったが、やはり先週のリハーサルから1週間あいてしまったため、流れが悪かった。ただ、翼はいつものように悪ふざけしなくて助かった。典子らが作った雪だるまのオーナメントと私の作ったカードを袋に入れたのと、ケーキがお土産。我が家は6人いるので、お土産のケーキも6個になり迫力がある。発表のあとは分級し、それぞれで飲み物とお菓子を食べて終了。チャペルには2台で行ったので、帰りも翼だけ典子の車に乗り、他の3人はこちらに乗る。
帰宅して灯油を買いに軽トラで万寿屋に出かけ、みんなの好きなペペロンチーノも買い込む。

明日は通知票の提出と、教育センターの機関誌の原稿提出があるのでこれから追い込みだ。
クリスマスらしく、さらにHPを飾ろうと思ったが後日に回すことにした。

と言いつつ、「ガッコの先生(最終回)」をみんなでしっかり見てしまった。久しぶりに聞く「仰げば尊し」も心にしみた。いつまでも心に残る「恩師」と言える先生に出会えた子ども達は幸せだと思う。茨城の母もいまだに昔の教え子に慕われている。恩師の条件はやはり「愛」だろう。自分もそんなレベルに達したいと切望するが、やっぱりいい加減な考え方ではダメだ。ただし、私には本当の「教師」がおられる。この方こそまさにクリスマスの主。栄光をかなぐり捨てて、地上に来られ、貧しき乙女より厩で生まれ、自らの命を価値のない、迷える子羊のために差し出された方。この方の愛に感謝できずして、前進はあり得ない。クリスマスの愛を真剣に受け止めよう。

仕事もとりあえず、夜半には一段落した。

12月17日(月) 学校ではセンターの原稿を他の2人の先生から受け取り、1本にまとめると、丁度良い長さに仕上がった。あとは校長先生の「おわりに」が入れば完成なのだが、これが一番遅れており、締め切りを延ばしてもらうようにセンターに連絡していた。
さらに、放課後はいろいろな用事を頼まれ、なかなか帰るに帰れず、恵里歌のシャロームの送迎にぎりぎりの時間になってしまった。典子が翼の同級生のお母さん兼、国府小の保護者でもあるYさんから、国府白菜や下仁田ネギをたくさんいただいたというので、「これはもうすき焼きしかない」と言うことになり、私が恵里歌の送り迎えで、典子はすき焼き用の食材の調達に回る。
恵里歌を待っている間、ヤマダ電機でしばらくウィンドウズXPを体験したが、なかなか派手な画面で、なんだかゲームをしているような感じ。シャローム前の駐車場で、車載テレビを見ながら恵里歌を待っていると、恵里歌も中で待っていたようで、しばらく時間がかみ合わなかったが、数分して合流。帰りの車中でばかにおとなしいと思ったら、気持ちが悪いのだという。帰宅しても、せっかくのすき焼きを食べられず、イチゴだけ食べる。
そんなわけで、恵里歌を寝かせようとして、一緒に寝てしまい、更新が午前様になってしまった。しかも、更新していると起き出してきて、「1人じゃ寝られない」と怒っている。「やれやれ」である。

更新後、メールチェックをすると、母から、恵里歌曰く「きっちりメール」が、4人分きっちり届いていた。そういえばなかなか友加里のことに触れられず、申し訳なく思っていたのに、友加里が持久走で頑張ったことを書き損なってしまい大反省。一昨日の南中の持久走大会では、友加里は50位だったという。今まではいつもビリ近かったのに、快挙である。夕食のとき聞いてみると、何と伊東家の裏技「足の親指と足首に輪ゴムをクロスしてかけると、速く走れるようになる」を実践したのだそうだ。これほど効果があるとは思わなかった。知恵の勝利と言うところ。佳緒里も寒風吹きすさぶ中、記録係を頑張ってしていたようだ。

12月18日(火) 朝起きて、恵里歌に具合を聞くと、「もう少し休んでいれば大丈夫」とのことで、7時20分頃起床し、集団登校はやめて、送っていくことにする。中学生が「きっちりメール」に返信していた。

学校では、午後は特に何もないので、年休でももらって、我が家の畑仕事でもと思ったが、運悪く日直だった。我が家の畑の方も、暗くなってから行く気にもなれず、ほったらかしのままだが、大根がかなり大きく育っているはず。
メールが2回入り、チャペルの若い姉妹に男の子が産まれたことと、翼のギプスが膝下でカットされて、来週には完全に外せることが伝えられてきた。
帰宅してみると、茨城から荷物が届いており、おいしいえびせんや、リンゴ、ハムそして干支のチョコレートなどが送られてきていた。大変ありがたくいただく。翼は膝下のギプスが気に入ったようで、「外さないの?」と聞くと、「超スピードでマラソンできるから良い。」といって、本当は先生には家では外すように言われているのだが、外そうとしない。
佳緒里は、久しぶりに家庭教師の先生が見えるので、早々と夕食をとって自室に向かい、恵里歌は空手があるので、適当な物を食べている。メールにも返事したそうだ。あとは翼の返信のみ。 

12月19日(水) 朝は冷え込んだ。いよいよ本格的な冬に突入という感じ。体のあちこちがこわばっているので、4時半頃目が覚め、風呂に入っていると、例によって恵里歌が起き出してきて、「早く終わりにして、一緒に寝て。」とうるさくしつこくつきまとってくるので困り果てた。微温湯でなかなか温まらないので、「湯沸かし器の温度設定を高くしてくれ」と頼んでも、「やり方がわかんないよ。」と逆切れしている。非常に自分本位なので一喝して追い払うと、翼の所に潜り込んで寝たが、寝相が悪くて翼を蹴り飛ばしたらしく、こちらでも抗議のさけびがあがっていた。あまりにも恐がりで困るので、心を鬼にして、今日から独りで寝るように言い渡す。少し寝直したのが逆に厳しい眠気を残したが、なんとか典子に頼んで、子供らの朝の用意をしてもらった。1度目に起きたときから少し頭が痛かったが、遅れて起きてもまだ残っている。
学校では、5時間目に3年生全員が3組の教室に集まって、クリスマスのディスプレーを見ながら、私のギターに合わせて、クリスマスソングを熱唱した。歌は大勢で歌う方がやっぱり楽しい。
放課後は時間がとれそうなので、年休をもらい、明日の3組のクリスマス会のための買い出しや、数校から預かった、組合のボーナスカンパを事務局に届けることなどに充てた。
事務局では地主さんや区長さんにお歳暮を届ける仕事も待っており、話の好きな方の所だと、なかなか帰れなかったが、いろいろとためになる話も伺えた。さらに途中で、パワーセンターで半額の弁当を買い込んで帰ってきたが、買いすぎて食べ過ぎて、また反省もの。
翼のシャロームの作品は、年賀状や色紙だが、渋い「馬」の文字をあしらったもの。こちらの紹介は新年号に掲載する予定。友加里は「どーもくん」の編みぐるみを作っている。ともに、こうご期待。
12月20日(木)


派手な帽子と
どーもくんの後ろ姿

3組のクリスマス会のため、気合いを入れて準備をしてきたが、結果は悲惨なものだった。教室の両側がトイレで、4年生がトイレの大掃除を始めてしまったため、困ることがたくさん生じてしまったが、まさに誰を責めるわけにもいかず、間が悪かったとしか言いようがない。
放課後は、教育センターの原稿を仕上げたが、見せようとした直前に校長先生が外出してしまい、何から何まで間の悪い1日であった。帰りにはことさら北風が身にしみた。

帰宅すると、友加里が「どーもくん」をさておいて、派手な帽子を編んでいた。出来上がったのをかぶらせてくれたが、ヒーターの前で編んでいたため、めちゃくちゃ暖かかった。「どーもくん」の目玉と歯は学校に置いてきてしまったのだという。
佳緒里は家庭教師の先生が連続3日来られる最終日で、早々と自室に追い立てられていった。
恵里歌は荷物が多いかもしれないと、帰りに典子が迎えに行ったが、大勢の友達も乗り込んできて、大変だったらしい。おかげで、翼は「おそいよ〜。」と待ちくたびれていたという。そんな翼も、朝寝坊して、幼稚園に着いたときは翼の当番だった朝の放送を、友達が代わりにアナウンスし終えたところだったという。家族揃って間が悪かったようで、唯一まともなのは友加里だけだった感じ。

恵里歌は独りで寝て2日目になるが、3日に1回は私と寝たいと言い、明日を楽しみにしている。それでも、抜け出しやすいので、今日は思いっきり更新できる。

12月21日(金)

2学期がとうとう終わり、明日から冬休み。
典子以外のそれぞれが終業式を迎え、明日からはにぎやかな日々が始まる。
私の方は、センターの原稿のチェックも済み、メールに添付して送信。机上の片づけも何とか済ませ、教室のディスプレーはそのままだが、2学期のまとめは終わった。
一旦帰宅して、佳緒里と恵里歌の通知票を拝見。悲喜こもごもである。その後、簡単に昼食を済ませ、また学校に戻って事務処理をし、早めに退庁。今度は友加里も帰宅しており、通知票はなかなか素晴らしかった。特に英語は茨城の祖父の指導のおかげで、ピカ1だった。感謝。
「どーもくん」に目と歯もつき、良い表情を出している。

今夜は、学校の納め会があるためこれから出かける。念のためスタッドレスタイヤをはかせてもらおうと、タジマタイヤに電話すると、大にぎわいで大変らしい。待っている時間もないので、とりあえず後輪だけ自分で履き替える。帰りがわからないので、今日の更新はもうこれだけかもしれない。

12月22日(土)

昨夜帰宅したのは23時55分頃。辛うじて昨日のうちだった。2次会のあと、5人の先生を自宅まで送り届けるのに、1人だけ反対方向の人がいて、手間がかかってしまったせいもある。1次会の料理は、「ほんまもん」を彷彿させるような、手の込んだ会席料理だったが、いかんせん、次の料理が来るまでに30分以上もあり、2時間半で5品くらい。全く満腹感が得られなかった。2次会は居酒屋で、味も量も速さも、満足のいくものだった。

今日は、県教組の12月委員会で、お昼前から出かけなければならないが、昨日大事なことを書き忘れたので、それだけは記しておこう。それは、翼のギプスが完全に取れたこと。これからはもう普通に靴を履いてどこにでも出かけられる。これで、思いっきり楽しい冬休みが過ごせるというもの。以前とは違い、ギプスなしでもちょこちょこ走っており、もう怖がることはない。本当に良かった。応援してくれた大勢の人たちにも感謝してお知らせしたい。動画もここに掲載。
  
ポインタを画像の上に乗せると動きます。

12月委員会へは、駐車場が狭いのでバイクで行った。北風が強くて寒かったが、何とか凍えずにたどり着き、時間通りにこなして、こともなく帰ってくる。帰りは本屋に寄ったり、裏道をゆっくり来たので、さらに寒くなかった。

多少なりとも手当ももらったので、みんなで夕食に出かける。近所のラーメン屋がつぶれて、中国家庭料理店になり、同僚の先生が美味しかったと昨夜言っていたので、そこに行ってみたが、本当にメニューも豊富で、値段も手頃で、待ち時間も短く良いところだった。定番になりそう。
クリスマスイブは、翼へのお祝いもあるし、みんなの思い出にもしたいので、私が幼いころ良く連れていってもらった川原湯温泉で過ごそうかと考え中。

12月23日(日) チャペルでの、もっともクリスマスに近い1日。夜にはクリスマス家族会があり、子供らの歌と合奏が披露される。翼もギプスを外して初めての出場。みんな、うまくいけばいいが。(4:30am)

午前中の礼拝は、典子と翼と3人で出席し、一旦帰宅して昼食。いただいた美味しい鮭をご馳走になる。再度出かけて久々の普段通りの日曜学校。終了後に本日のステージを組み立て、いよいよ最終リハーサル。なんだか前回よりもうまくいきそうな感じ。
そして、6時に家族会が始まり、6時半頃出番となる。典子はピアノ、私はギターとテナーリコーダー、友加里はデュエットのメロディー部分、恵里歌はキーボード、翼はタンバリン、そして佳緒里は鉄琴。6人が同じステージで何かやるのは最後になるかもしれない。順調にいけば、来年は佳緒里が高校生で、日曜学校を卒業だからだ。今までで最高にうまくでき、大好評であった。編曲や練習に携わり、演奏にも参加した者としては感無量といったところ。

明日は、長野原町の川原湯温泉に出かけることになった。山奥の温泉で過ごすクリスマスイブはどんな感じになるだろう。向こうではインターネットは無理と思われるので、更新は帰ってきてから。

12月24日(月)


はしゃぐバチャ

 

いよいよ今日の日没とともにクリスマスイブ。栗本薫(中島梓)さんも、その更新日記のなかで勘違いしておられたので、メールで教え、納得したとのメールをもらったことがあるが、クリスマスイブは、クリスマスの前夜ではなくクリスマスの夜そのものである。ユダヤ(イスラエル)では1日の始まりは日没である。それは創世記にも「始めに夕があり朝があった。」と記されているとおりである。それで、今日の日没をもって25日、すなわちクリスマスになるのだ。そして、明日の日没とともに26日になり、クリスマスは終わる。
今日の日没は川原湯温泉で迎える予定。クリスマスの雰囲気とは何か違う気もするが、クリスマスは家族でゆっくりと過ごすのが1番。
携帯から更新するのもかなり無理があるので、この続きは明日の午後になる予定。
昼食はプレクリスマスという感じで、結構洋風。

昼食をすませてから川原湯温泉に向かって出発。

途中パワーセンターにより、約1時間半ほどで到着。

湯の香漂う、鄙びた温泉街に、変わらぬ佇まいを見せる丸木屋旅館の宿泊客は、連休明けとあって我らだけで、全館貸し切り状態。はじめに通された部屋は、広さも風格もあるが、かなり古い感じ。荷物を置いてくつろごうとしていた矢先に部屋の変更が知らされた。別館にいた女将が宿帳をチェックして、昔なじみの客であることに気づき、安いコースなのに良い部屋を用意するように伝えてくれたと読んだ。こちらは、何ともきれいで快適、見晴らしも良く、おそらく最高の部屋なのでは。第1陣は男で、翼とともに懐かしい内湯に浸かる。はじめは熱がってなかなか入らなかった翼も、うめてやると喜んで長湯していた。女性陣に交代して、徐々に戻ってくる。しばらくすると女将が挨拶に見える。父の「ひろば」の愛読者でもあり、父の逝去も新聞から知っていてくれた。
友加里と恵里歌は珍しく仲むつまじく編み物をしていた。夕食は豪華だが子供らの口に合わず、残り物の処理で、両親が苦しむ羽目になった。
特にクリスマスらしい趣向はなかったが、実にゆっくりと骨休めが出来て良かった。
    

12月25日(火)
朝は6時に起床し、朝風呂に行く。少し温まったところで、200bほど離れた共同の露天風呂に行ったが、規定の6時半は過ぎているのに何故か鍵ががかっており、凍えながら戻ってきた。特にサンダルの足先は冷たく、もう1度内風呂に入り直す。
さらに一休みしてから起床、朝食。こちらの方が子供ら向きではあったが、翼など結局昨夜同様みそ汁ご飯で「みそ汁が無限に好きになった。」などと嘯いていた。
出立は10時過ぎで、女将のいる離れの店により、花豆や金時の煮豆をいただいた。

帰り道は榛名湖畔を通ったが、途中はだいぶ雪道で、スタッドレスを4輪に履かせた甲斐があった。途中で箕郷の万寿屋により、帰宅すると、炬燵の上にプレゼントが3つ。「佳緒里のは卒業式後に渡す」というと不満げであった。それとは対照的に、翼の喜び様はかわいかった。
     
翼にはハム太郎のローラースルー、友加里にはハム太郎のボンボンメーカー、恵里歌にはニンデンドウキューブ用のソフト、「動物の森+」をあげた。佳緒里には明日、アニメ映画に連れていき、あとは高校合格後と卒業式後に良いものをあげる予定。

12月26日(水)

クリスマスも過ぎ、壁紙もクリスマスモードから変更。いよいよ本格的な年末モードに突入。ただし、冬休みとは言え、しなければならない仕事や、頼まれていることもあるので、今日も学校に行かねばならない。

学校の仕事は簡単に済み、帰宅して11時半頃、みんなで「MOVIX伊勢崎」という映画館に映画を見に出かける。佳緒里が「太正浪漫倶楽部」というのに入会しており、鑑賞券をもらったので、佳緒里のために出かけたようなもので、佳緒里は「サクラ大戦」、恵里歌と私は「ハリーポッター」、他の3人は「ハム太郎」を見る予定だったが、佳緒里以外は満席で入場も出来ず、見られなかった。仕方がないので、明日の朝1番で見られるように、先行券を購入し、再度出かけることに。多分水曜日でレディスデイだったため、女性で溢れかえっていたのだろう。すさまじきおばさんパワー。
佳緒里が映画を見ている間、他の5人で昼食や買い物に出かける。昼食は恵里歌のお気に入りのM'sDinningだったが、席に据え付けられたゲーム機のようなもので、翼が「たてごとアザラシ」というのを何度も繰り返してみており、会計の時に何と有料であったことに気づいた。1回100円のを6回も見てしまっていたのだ。明細に「たてごとアザラシ×6回」と書かれたのをもらったとき、唖然としてしまったが、翼のやることなので何か憎めず、しばらく車中で翼のことを「たてごとアザラシ君」と、みんなで呼んでいた。実はその内の1回は恵里歌の仕業なので、恵里歌は「共犯者」と。
    
変わった遊具のある公園を見つけたので、そこで少し遊んだが、寒くてすぐ撤退。次にはBeisiaで買い物。友加里は毛糸を見つけると「キラーン」と言って、すかさず購入。最後に映画館裏の公園でしばらく遊びながら待っていると、3時40分頃、佳緒里が映画館から出てきたので、みんなで帰宅する。その後、佳緒里は5時半から家庭教師の時間。恵里歌と翼は、ゲーム。友加里は編みぐるみをせっせと作っていた。

明日こそ、それぞれの映画がしっかり見られると良いのだが。

12月27日(木) 朝は結構冷え込んだが、5時には目覚めてしまった。入浴し、着替えて、7時には全員を起こすが、翼だけはなかなかベッドから脱出できない。しばらくベッドの中で格闘していた。(7:20am)

出がけに佳緒里に留守番を頼み、5人で出発。前橋市内に入るところで時間がかかってしまったが、あとはスムーズで余裕を持って映画館に着くことが出来、ポップコーンやホットドッグなどを用意して、それぞれのスクリーンに向かう。私と恵里歌は「ハリー・ポッターと賢者の石」、他は「とっとこハム太郎」。ハム太郎の方はゴジラが同時上映だったのだが、翼が怖がって観ずに出てきてしまったため、待ち時間に買い物などに行っていたという。ハリーポッターの方はさすがにすごい特撮のオンパレードで、あっという間に2時間半が過ぎてしまった。
帰宅して、佳緒里を連れて、例の中華料理店で昼食。恵里歌と翼は疲れたらしく、留守番を申し出て、炬燵でゲームをしていた。
そして午後は年賀状作り。最新型のプリンターはコピーよりも早く、200枚の年賀状をあっという間に印刷してしまった。写真は夏に茨城の県西運動公園で撮ったものだが、新春にふさわしい構図なのであえて採用。こうご期待。 

12月28日(金) 冬休みに入って、日曜日からの5日間フル稼働だったためか、今日はダウン気味。頭も少し痛むし、背筋がゾクゾクするが、駐輪場の片づけと、裏庭の整理だけは出来た。また、墓地と畑に回り、大根を数本抜いてきたら、典子が待ってましたとばかりにおでんをこしらえてくれた。青首大根はとろけるように柔らかく、甘かった。
夜は、典子が育成会の会議なので、私が恵里歌の空手の送り迎え。本当は練習日ではなかったようなのだが、急遽練習日となり、30分ほど早く終わって、お茶会をするという。
更新していて、時間ぎりぎりになってしまい、急いで迎えに行くと、すでに駐車場に2人の男子が立っており、手にはお菓子を持っていた。車を停めて降りるとすぐに恵里歌がやってきたが、お茶会ではなく、好きなお菓子を選んでいたという。恵里歌の言うには、血みどろの戦いほどではないが激しく奪い合っていたとのこと。

いよいよ、あと3日あまりで2001年も終わり、2002年に突入する。わりと幾何学や幾何学模様が好きで、中でも左右対称は安定していて好きだが、数字で左右対称になるのは1991年以来11年ぶり。1991年の正月に、担任していた5年生に話したことだ。「次に左右対称になるのは2002年だ。」と。次はなんと2112年で110年後になってしまい、今生きている人は、もう誰もいないと思う。そんな思いついたことをそこはかとなくいろいろと話せる普通学級の担任に、来年度 はなるかもしれない。それも11年ぶりのこと。

12月29日(土) まだ少し頭が痛いが、ゆっくり休んだおかげでさわやかな1日。昨夜のおでんを食べ、風邪薬を飲むと、すっかり楽になった。家の中の大掃除もしたいのだが、外の整理にいそしむことにした。またまた南側の樹を切りまくり、裏で燃やす。生木だが、枯れ葉とともに根気よく燃やし続けたら、山のようにあった枝が、嘘のように小さくなった。鋸や熊手をしっかり握って作業していたせいか、右手の薬指にまめが出来ていた。ずっと外にいたため、子供らの様子を見ていないが、友加里は編み物で、他はゲームや漫画本など。そのうち、みんなで上毛カルタをやりだした。4人いると、カードゲームも盛り上がる。

明日は午前の礼拝に出てから、茨城に向かう予定。
途中、太田(新田町)のホームセンター「ジョイフル本田太田店」がすごく大きそうなので、典子が寄ってみたいと言っている。実家への到着は夕方か夜の予定。

12月30日(日) 朝は、お土産用の聖護院大根を採りに畑に行ってみたが、すごい冷え込みで、葉っぱが凍りついていた。予定通り、朝9時40分に家を出発し、チャペルの礼拝に出席。普段より早めに着いたくらいだが、3姉妹はワンダーグーやセブンイレブンで時間をつぶして、礼拝の終了を待っていた。
11時にチャペルを出て、12時頃新田町の役場近くの「ジョイフル本田」に到着。3500台の駐車場は伊達ではなかった。遠くに停めると大変なので近場にあいているところを探し、本館の入り口近くに発見。入ってすぐ、宝くじ売場があり、典子はロト6に挑戦。まずは本館北のジョイフル2の2階に行ってみると、美術用品売場でその広さと品揃えにびっくり。「シャロームの筑井先生は知っているのだろうか」と話し合う。佳緒里の探し求めていた「コピック」というペンもあった。
下もものすごい広さで、ペットショップで翼は足止め状態。何を見ても「かわいい。かわいい。」の連発で大はしゃぎ。そんなバチャが一番可愛い。典子はリョウビのスチームクリーナーを発見。大きいがとても性能が良さそうなので思い切って購入。ジョイフル2の1階も食堂や食品売場がすごかった。遠くなければはまりそう。
その後、近くの「源氏」で昼食をとり、小山のジャスコには典子だけ寄って、津田家へと急ぐ。
無事到着したのは5時頃で、子供らはすぐにカルタやゲームで遊んでいた。

8時過ぎに、塚田ご夫妻が見え、年賀状の印刷や、CD−RWのセッティング&テストで午前様になってしまった。茨城の電話回線からのアクセスに手間取ったため、更新が遅れた。

12月31日(月) とうとう2001年も最後の日を迎えた。昨夜遅くまで起きていた割には、8時前には目覚め、朝食は佳緒里以上の年齢層でいただく。下の3人が起きて朝食になったのは10時頃。
1時過ぎに下館市内に出かけ、昼食は翼がデニーズを主張し、3姉妹はココスを譲らずに、交渉決裂。仕方なく、私は3姉妹に、典子は翼と、別々に食事をする羽目になってしまった。
その後、合流して市内のSATYで年越しそばなどを調達し帰宅。
夜は、その年越しそばを全員で食べ、子供らは「大晦日だよドラえもん」を、大人はレコード大賞と紅白を鑑賞。いよいよあと数時間で2002年となる。(20:00)

翼は誕生日を待たずして撃沈。そのまま炬燵で寝てしまった。3姉妹は「動物の森+」でカウントダウンイベントをし、新年を迎えた。

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