ウジェーヌ・ドラクロワ《エリュシオンの野》 上半分を拡大します。 下半分を拡大します。



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47. 『エリュシオンの野』  ウージェーヌ・ドラクロワ (1798-1863)

 LES CHAMPS-ELYSEES Palais du Luxemburg
 1847年完成 カンヴァス・油彩 直径680cm リュクサンブール宮図書室天井装飾画


N o t e s

-- 主題は、ダンテ 『神曲』 地獄篇 第四歌 より。
地獄の上層部に当たる第一圏の辺獄(リンボ)に住む、古代ローマ・ギリシアの偉人達を描いたもの。
辺獄には、キリスト教による洗礼を受けることができなかった(イエス降誕以前の時代に生きた)人々が住んでいる。


-- この絵の上部(時計でいうと12時)の一群は、主人公ダンテが
導き手のヴェルギリウス(彼もまた辺獄の住人である)に連れられ
古代の詩人ホメロスらに邂逅を果たす場面が描かれている。


-- 「 エリュシオン 」 を辞書で引く


-- 円形の天井の凹面を活用して、空が深みをもち光に満ちて、驚異的な高さへと遠ざかってゆく効果を
ボードレールは指摘している。


-- 描かれている人物
(上)ホメロス ホラティウス オウィディウス ルカヌス ヴェルギリウス ダンテ
(右)アリストテレス マケドーネ アペレス アレクサンドロス ソクラテス
(下)デモステネス クセノフォン オルフェウス ヘシオドス サフォー
(左)キンキナトゥス マルクス・アウレリウス ポルツィア トラヤヌス カエサル キケロ



-- 生涯において、数々の公共建築物の装飾画を描いたドラクロワを
ボードレールは次のように称した。

壁という壁を その壮大な構想でもって 覆うことを 絶えず夢見ていた 病身で、寒がり屋の芸術家 」 と。



ド ラ ク ロ ワ の 壁 画 作 品 一 覧
[ 壁画の描かれた場所 ] 『 作品名 』
1 俳優フランソワ・タルマ の個人宅食堂を飾った壁画 1821年  『春夏秋冬四点』 (『四季』)
2 [ 神話によるヴァルモンの壁画 ] 1834年
※フレスコ画 3点 ブルボン宮国王の間装飾の試作
『バッカス』 『レダと白鳥』
『アナクレオンとミューズ』
3 [ ブルボン宮(現国会議事堂) 「国王の間」 装飾画 ]
1833年依頼 36年完成
※現在この部屋は 「ドラクロワの間」 と呼ばれている
欄間部 4点 『正義』『農耕』『戦争』『産業』
角柱部 8点 『地中海』『大西洋』『ガロンヌ河』
『サオーヌ河』『セーヌ河』『ローヌ河』
『ロワール河』『ライン河』
他、天井格間部 8点
4 [ ブルボン宮図書室天井装飾画 ]
1838年依頼 47年完成
※高さ17.8m 幅10.98m 長さ55mにおよぶ
長大な天井の両端に 2個の半円蓋
『未開のギリシャ人に文明を教えに来たオルフェウス』
『アッティラのローマ侵攻』 他、20点
5 [ リュクサンブール宮図書室天井装飾画 ]
1840年依頼 47年完成
47. 『エリュシオンの野』
『アレクサンドロス大王』 ( 『アルベルの戦い後日物語』)
他、六角形のカンヴァス 4点
6 [ サン=ドニ・デュ・サン=サクルマン聖堂壁画 ]
1840年依頼 44年完成
42. 『ピエタ』
7 [ ルーヴル美術館 アポロン宮天井装飾画 ]
1850年依頼 51年完成
50. 『大蛇ピュトンに打ち勝つアポロン』
(『アポロンの凱旋』)
8 [ パリ市庁舎 「平和の間」 天井装飾画 ]
1851年依頼 54年完成

※この作品は不幸にも、パリ・コミューンの一時政権掌握の際
1871年5月24日、パリの大火災により全て焼失してしまった。
この事件について画家ミレーは、次のように手紙に書いている。

  「コミューンの奴輩がパリでやったことは怖るべきものだ。
未曾有の非道さだ。彼らに比べれば、ヴァンダル族は
文化の保持者だった。少なくとも他国しか
荒らしまわらなかったのだから。ああ、非道な悪人ども!
公共建築に絵を描くためにあんなに苦労した気の毒なドラクロワ!
彼が生きていたら何と言うだろう。」

書簡より抜粋ジャン=フランソワ・ミレー  1871年5月の手紙より
『人類を慰撫し豊饒をもたらす平和の女神』
他、天井格間部(105×235)8点、 半円部 11点
9 [ サン=シュルピス聖堂 聖天使礼拝堂壁画 ]
1858年着手 61年完成
63. 『ヤコブと天使の闘い』
64. 『寺院を追われるヘリオドロス』
『悪魔を屠る聖ミカエル』



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