「更新日記」2004年10月下旬号 
2004年10月 25日(月) 30日(土)10月中旬号はこちら
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ちりぽん日記もよろしく。
10月20日(水) 台風接近により、1日中雨。息子を途中まで送りながら出勤。上郊小では新入学時健康診断で、来年度の1年生が親に連れられて雨の中集まった。夜まではさほどひどい降りにならなかったので幸いだった。私の役割は受付と聴力検査。37名なので短時間で済んだ。残った時間はパソコンのセットアップと、表彰式の人選で終わった。
2週間ぶりにディーガが直ったという知らせがあったので、コジマ電機に寄って、受け取ってから帰宅。ハードディスクを入れ替えたので録画内容は消えてしまったが、予約のデータは残っていたし、時刻もあっていたのでセットしやすかった。
長女はこんな雨でもバイトに出かけた。勤務者が少ないので穴が開けられないのだという。責任感と意欲に感心。妻が送って行き、今買い物がてら迎えに行っているところである。
10月21日(木) いよいよ10月も下旬になった。職場ではみっちり授業の後、放課後は指導案検討会。国語で「おにたのぼうし」についていろいろな話し合いがもたれた。みんな忌憚のない意見を言い合い、短時間ながら充実したひとときだった。
10月22日(金) 今日は穏やかで暖かなまさに小春日和であった。息子は登校班に間に合わず、一人でとぼとぼと歩いていたので、出勤がてら途中から送っていった。学校では4年生の副担任として、朝の会や給食指導もしながら授業。6年生は中学校の文化祭に参加していた。また、3年生は親子行事もあり、なかなか盛りだくさんな1日だった。明日はサッカーの試合があるので、息子も教え子達も一堂に会する。なかなか楽しみである。
今日はさらに、学校と我が家を結ぶ架け橋として「群馬の教育」と言うHPを立ち上げた。まだリンク先しか内容がないが、少しずつコンテンツを充実させる予定。さらに、群馬ネットで風ログが始まり、「トドの風」というブログを開設。まだまだ使い方がわからない。
10月23日(土) 今日は群馬町小学生サッカー大会。朝7時30分に多目的グラウンドに集合して、8時10分頃開会式があり、9時から3時まで11チームで2コート11試合が行われた。息子は堤小Cチームの1試合目の後半の後半だけ出してもらった。詳しい様子は「群馬の教育」改め「群馬の教育と子ども」に掲載。
本HPを記載中に大地震があった。新潟県中越地方が震源地で、マグニチュード6.8。群馬でも震度5弱の揺れ。群馬に生まれ育って46年間で最大の揺れを経験した。2階にいたので特に恐ろしかったが、余震も何度もあり、船酔いしているような感じ。震源地の被害が心配。さらなる悲劇が起こらなければいいが・・・
10月24日(日) 昨夜の地震で高崎線もとまってしまい、レッスンのため東京に向かった娘も2時間の足止め、結局レッスンにも間に合わず、遠回りしながらとんぼ返り。被災地の方の恐怖と困惑を考えると、文句も言えないが、日本はまさに地震列島である。
娘を迎えに高崎駅に着いたのは0時半。丁度いつもの電車に乗れたようだ。今朝はこの秋一番の冷え込みだったようで、寒くて目が覚めてしまった。夜更かし後の早起きは厳しく、昼寝をしないとたまらない。結局チャペルはお休みした。
10月25日(月) 今朝も大きな地震を感じた。息子もそのせいか早起きし、早く朝食を食べ、しっかりと出かけていった。通学路を回りつつ出勤したが、影も形もなかった。勤務校では1時間目の算数の後は、4年生の校外学習の引率で交番に行った。パトカーの装備を見せてもらったり、ジュラルミンやアクリルの盾を持たせてもらったり、防弾チョッキを着せてもらったり、ふだんでは出来ない経験があった。署内で話を聞いているときに、富岡から殺人事件の通報が入り緊張したが、誤報だったようだ。3時間おきに地震の毎時ごとの回数がアップされるのでチェックしたが、収束に向かっているように感じる。被災地では雨も降り始めたようだし、何とか早く復興して欲しい。
放課後は集団下校の後、時間を頂いて接骨に行ったら、何と娘と鉢合わせしてしまった。午前中には妻も来ていたようだし、一家三人が世話になった。帰宅後、エリカはパソコンに打ち込んでいるので、他の5人で「食の駅」と言うところに行ってみた。吉井のパリジャンのパンも置いてあった。丁度惣菜の半額セールに突入したので、残り物を4つほど持ってレジへ。夕食は満腹であった。
10月26日(火) 今日は地域公開授業参観の日。堤小からもPTAの方々が視察に来られ、拙い授業をしっかりと見られてしまった。放課後は明日のサーカスに備えて横断幕orアーチになるカラー文字をプリントアウト。体育館の南入り口から入った梁の部分に貼り付けた。その後、椅子やシートなどを出して勤務終了。外は冷たい雨で、被災地の方々が気の毒である・・・
10月27日(水) 今朝は月一のリサイクルの日で、3ヶ月も貯めてしまったためいろいろ出しに行った。ペットボトルが夏から貯まりまくって100本以上になった。参観日に向けて早めに出勤したはずだったが、家から2〜300mのところでパンク。ハンドルが左に取られるので気づいたが、狭い道でタイヤ交換するわけにも行かず、広い駐車場のあるところまでゆっくり動かしてタイヤ交換した。1.7tもあるのでジャッキアップだけで疲れ果てたが、学生時代のバイトが生かされ10分で完了。そのまま出勤した。何があるかわからないので早めに出勤して正解だった。
授業は午前中3時間で、給食後が大きな参観。2年生は栄養士さんがみえて食育だったので、貼り付いて撮影した。授業後は楽しみにしていたサーカスで、日本で唯一のサーカス学校の生徒さん達が、時には失敗もしたが一生懸命演技してみんなをわかせてくれた。ジャグリングの日本チャンピオンもいて、なかなか見応えもあり楽しいひとときだった。行ったに帰宅して夕食を食べ、夜はキンボールだが、撮影とHPの更新に力を注ぐつもり。
10月28日(木)

今日は群馬県民の日で学校関係はお休み。とは言え、職員は勤務日なので出勤。事もあろうに、昨日パンクして取り替えたスペアタイヤがまたパンク。何とか学校までたどり着いたが身動きがとれないので妻に来てもらって、田島タイヤで修理してもらおうと思ったが、老朽化のため捨てた方がよいとのこと。使っていなかったタイヤがあるだろうと言うので我が家に戻り、運んだタイヤをはめた。他人のことなのによく覚えていてくれたと驚き。その後、問屋町の労金でいろいろ手続きをし、新しくできた問屋町駅を見たり、駅前で昼食をとったりして学校に戻った。
天気も上々で小春日和なので2時から休暇をもらって榛名湖に行く。途中も見事な紅葉だったが、見たとおりの色や明るさがなかなか撮影できない。榛名湖畔で味噌おでんを食べ、榛名町のパワーセンターで買い物をして帰宅。満月も美しかった。
 
10月29日(金) 今朝は出勤途中でいやらしい若者の車にあおられた。ポンピングブレーキで威嚇してしまったため、ますます闘志を燃やしたようだ。通学路で、こちらも制限速度よりもやや速く走っているのに、それを抜かそうとしたりあおったりするとは、消えて欲しい存在である。まあ、ぬかさせてやってもよかったのだが、かっこよく言えば、暴走を許すことは出来ないので体を張って守ったという感じ。学校では5時間の授業の後、HPの更新。何やら毎日新聞の広告代理店の方が見えており、J−KIDS大賞特別賞受賞のことでスポンサーを募って応援広告が出るかもしれないと言う雰囲気。もうこうなると、個人のレベルを超えており、プレッシャーである・・・
妻はPTAバザーの慰労会で出かけた。家族の夕食のためには、食べきれないほどの料理を作っていってくれた。帰りは遅くなりそうである。
明日は県教研があり、午前中は参加する予定。
10月30日(土) 朝は息子をサッカーに送ってから県教研に参加。前橋の福祉会館は広くてきれいだった。講師は堺市で集団食中毒が起こったときに辞めてしまった教育長に代わって後始末をさせられたという野口克海氏で、演題は「学力とは何か」。開会行事で県教育長の祝辞が長く、野口先生の講演が20分以上縮んでしまったが、、「教育長の講演に続いて第2段」と皮肉混じりに始めながらも、予定時刻にはぴたりと終わりにしてくださった。リズムもテンポもよく、楽しくてわかりやすい「学力」についての講演だった。演目の堅さとは大違いの内容で、出来ればもう少し聞きたかった。
10月31日(日) いよいよ10月も最終日である。昨夜と言うか今日は娘の帰りがいつもより遅く、0時半頃駅に着いたが、3つ目の列車からやっと降りてきた。1時5分頃だった。妻も遅くまでPTAの会議があり、一人で迎えに行ったのだが、帰ってくると帰宅して寝ていた。息子は和室で一人で寝ていたので一緒に寝たが、どうも寝心地が今一ですぐに目覚めてしまった。ちょっと寒気がして気持ちも悪いので、今日も1日ゴロゴロになりそう・・・
朝の内は何とか動けたので灯油を買いに行って、裏のボイラーのタンクに入れた。安心して入浴し、後は1日中爆睡。10月は終わった。明日から11月。
 

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