2000年3月5日の上毛新聞の「ひろば」に掲載された文章                         (掲載通算187号)     「祖父の恋人」に感動  第16回県作文コンクール第1位の前橋女子高2年清水紀枝さんの文章に、深い感動と 羨望を覚えました。今時の子供たちは、若者は、などと先輩ぶって嘆く必要などは無用。 どの時代にも、良心は健在するのです。こんなに美しい思いやりを持った女子高生がいた ことに安堵しました。老婆心というか老爺心というか、気にかかる事の多い時代だけに、 余計に心が晴れるのです。あなたの祖父母も父母も、姿勢正しく心が豊かで平等だから、 自然体で心の教育が出来たのだろうし、心映えもうらやましくなり、時に片意地になるのを 反省しきりです。  私は大正15年の紀元節生まれ。最後の徴兵検査で甲種合格。水戸工兵隊で3ヶ月、 最後の2等兵です。同じ境遇の交遊は短くとも心を豊かにしてくれます。私の父は棟梁で 仕事一途でした。  私は3歳で生母に死別。おばのいとこたちと小学校へ入学するまで一緒に姉弟のように 育ちました。義理の母も大事にしてくれましたが、実母ならばと嘆く夜もありました。 人情の厚さが正常に育ててくれたのです。農作業をしたりグラウンドゴルフに精を出したり 「ひろば」へも時折載せていただいています。  糖尿、緑内障、喘息、肝腫の血管造影で入院など多病息災とうそぶいています。糟糠 (そうこう)の妻は去年13回忌の供養をし、でも37年も一緒に各地へ旅をしました。 私は幸せだと言い聞かせれば心が豊かになります。私も入営前は海兵団に3年いました。 ご健康を祈ります。  ※ 「糟糠」とは、酒のかすとぬかの意から、粗末な食事、または貧乏な暮らしのこと。    「糟糠の妻」とは、若く貧乏な時代から苦労をともにしてきた妻のこと。